大阪地方裁判所 昭和37年(ワ)5125号 判決 1966年5月20日
原告 内田蔦江
<ほか四名>
右原告ら訴訟代理人弁護士 香川文雄
安藤純次
被告 浅野正一
右訴訟代理人弁護士 田中又一
主文
一、被告は、原告内田蔦江に対し金一五一万円、その他の原告らに対し各金六六九、〇〇〇円、およびこれらに対する昭和三七年一二月二四日から右完済にいたるまで年五分の割合による金員を支払え。
二、訴訟費用は被告の負担とする。
三、この判決は、原告内田蔦江において金三〇万円、その他の原告らにおいて各金一五万円の担保を供するときは、当該原告は、仮りに執行することができる。
事実
第一、原告らの求めた裁判
主文第一、二項同旨の判決ならびに仮執行の宣言
第二、被告の求めた裁判
「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」旨の判決。
第三、請求原因
一、被告は昭和二六年一月一日大阪府知事より薬種商販売業の許可を受け、以来肩書地において浅野薬房の名称で薬種商を営んでいる。
二、原告内田光一は、昭和三七年七月一二日昼頃、訴外亡内田徳一のため、強心作用を有するという福寿草の根を被告から一〇日分三〇匁を買求めたが、そのさい被告は福寿草根の用法として、一日分三匁を煎じコップ一杯ずつ一日三回に飲むよう指示した。そこで亡内田徳一は、同日午後四時三〇分頃被告の指示どおりに煎じた右福寿草根の煎液コップ一杯を服用したが、その直後から異状な嘔吐、悪感、ふるえ、発汗等の中毒症状を呈し、翌一三日午前〇時五七分右福寿草根煎液服用による急性中毒のため死亡した。
三、福寿草根は、無色、無晶形、配糖体アドニンを含有し薬事法施行規則に毒薬と指定されており、一日の服用量は、二ないし三グラムとし、浸剤又はチンキ剤として服用し、決して煎用せず又連用することなく隔日ぐらいに使用すべく、その多量(又は濃度)使用による中毒症状として嘔吐、下痢、チアノーゼ、発汗、体温下降、つづいて発熱、意識消失、痙れんおよび筋細動が発現し、重篤なときは死亡することがあるということは薬理学上一般に知られているところである。
四、被告は、薬種商として薬種商販売業の業務につき、保健衛生上支障の生ずるおそれがないようにする義務があり、特に前記の如く、危険な成分を含む植物を販売する場合、その使用量、使用方法を適切に指示する等、服用者をして、健康を害し、あるいは死に至らしめるなどの危害を生じさせないようにすべき注意義務があるのに、本件福寿草根販売にさいして、その義務を怠り、使用量として一日三匁(約一一、二五グラム)と三倍以上の量を又使用方法として煎じてはならないものを煎じるように誤った指示をし、その他副作用はないとして、危険性についてなんら警告することがなかったため、その過失に基因して本件事故を惹起したものである。
五、原告内田蔦江は、亡内田徳一の妻、その他の原告は同人の子であるが、本件事故により原告らの蒙った損害は左記のとおりである。
(一) 亡内田徳一の得べかりし利益の喪失による損害
亡徳一は、死亡当時、五一才で訴外西尾千代子が経営する丸和製作所に勤務し、一ヶ月金四二、〇〇〇円の給与、年八四、〇〇〇円の賞与を得ていた。しかして右収入から同人の生計費月金一万円、所得税等月金一、五〇〇円、賞与に対する税二〇パーセントの各支出を差引くと、一ヶ年の得べかりし利益は金四三万円をこえる。
右金員について、残存余命年数二一、六一年のうち労働可能年数一〇年として、ホフマン式方法(年別)により中間利息を控除した金額を算出すれば金三、四一六、二〇〇円となる。
(二) 原告らの慰藉料
原告内田蔦江は夫を、同光一、陽子、敬子、順子は父を失い多大の精神的苦痛を受け、この慰藉料として蔦江に二〇万円、その他の原告らに各一〇万円が相当である。
(三) 原告内田蔦江が支払った葬式費は一六九、七〇〇円、医者代は九二〇円、吸入酸素代は一、一〇〇円、計一七一、七二〇円である。
六、よって被告は、原告内田蔦江に対し一、五一〇、四五三円のうち一五一万円その他の原告らに対し各六六九、三六六円のうち六六九、〇〇〇円およびこれらに対する昭和三七年一二月二四日から右各支払ずみにいたるまで年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。
第四、請求原因に対する答弁
一、請求原因一項の事実は認める。
二、同二項のうち原告主張日時に、被告が原告内田光一に福寿草根を売り、その際一日分三匁を三回に飲むよう指示したことは認めるが、亡内田徳一は、被告の指示以上の量を飲んだものである。
三、同三項の事実は否認する。
四、同四項のうち被告に過失があったことは否認する。当時福寿草は、薬事法上も劇薬とはされておらず、単なる民間薬として一般に販売されていたもので、被告も本件事故以前から一日三匁と指示して販売してきたが何ら事故はなかったものである。
五、同五項のうち、原告らと亡内田徳一の身分関係は認めるが、その余の原告らの損害については争う。
第五、抗弁
亡内田徳一はその特異体質のため死亡したものである。
第六、証拠≪省略≫
理由
一、請求原因一項の事実は、当事者間に争いがない。
二、同二項中、被告が、昭和三七年七月一二日、原告内田光一に福寿草根を一日三匁を三回に分服するよう指示して販売したことは当事者間に争いがなく、その他の原告主張事実については≪証拠省略≫によりこれを認めることができる。なお被告は、亡徳一が被告の指示以上の量を煎じて飲んだと主張し、証人折原亀一の証言中これに副う部分があるけれども右供述は原告内田蔦江からの伝聞でもあり、内田蔦江本人の供述に照らすと、たやすく信用することができず、ほかに右被告主張事実を認める証拠はない。
三、被告の抗弁について、
≪証拠省略≫によれば、亡内田徳一には心臓、肝臓の若干の変性および胸線リンパ性体質傾向が存在し、かような体質は、毒物等に対する抵抗薄弱素因となり、本件死因に対しても、この体質が助長的影響を与えたものであることが認められるが、それ以上に、この体質が本件死亡の主要因であり、かような体質でなければ本件死亡の結果が生じなかったと認めるに足る証拠はない。
従って、この抗弁は採用することができず、亡徳一の死亡は本件福寿草根煎液による中毒を主要因とするものというべく、その間の因果関係の存在は、徳一の右体質によって否定されるものではないと解される。
四、請求原因三項の事実は≪証拠省略≫により認められ、≪証拠判断省略≫
五、同四項の被告の過失の有無につき判断するに、被告は、薬種商として薬用植物を販売するに当っては、この服用方法についての指示を誤ることなく服用者の生命身体に危険を生ぜしめないようにする注意義務があり、特に前項に認定した如く、薬理学上危険な民間薬であるとされている福寿草根を販売するにあたっては文献等によりその危険性を認識し服用者に適切な指示を与えるなど、誤用による危険の発生を防止する注意義務があるのであって、単に当時福寿草が薬事法上指定医薬品でないからという理由で、これらの義務を免れるものでないことはいうまでもない。
ところが被告本人尋問の結果によれば、被告は平素福寿草根の用法、危険性について知るところがなく、また原告光一に対する販売に当って、薬種問屋から仕入れた本件福寿草根の容器紙袋に「劇」の字の記入されているのを現認しているのに、何等格別の顧慮を払うことなく、前記認定のとおりその用量において基準量の三倍以上を、又煎用してはならないものを煎用するよう指示し、この他多量使用した場合の危険性等についてはなんら注意を与えることなく販売したことが認められる。右事実によれば、被告は本件死亡事故発生について薬種商として遵守すべき前記注意義務に違反した過失の責を免れないものといわねばならない。
六、原告内田蔦江は亡内田徳一の妻、その他の原告が徳一の子であることは当事者間に争いがない。
そこで原告らの蒙った損害について判断する。
(一) 亡内田徳一の得べかりし利益の損害
まず亡徳一の当時の収入について考察すると、≪証拠省略≫によれば、亡徳一は死亡当時、訴外西尾千代子が経営する丸和製作所に勤務し、一ヶ月金四二、〇〇〇円の給与、年八四、〇〇〇円の賞与を得ていたことが認められる。ついで同人の生活費を考察すると、総理府統計局編家計調査報告(昭和三七年六月分)による大阪市における勤労者世帯の一ヶ月平均消費支出費から割り出した一人当りの消費支出費が八、八七二円であり、右額は亡徳一の右収入と同人死亡の際の家族構成とを考慮すると、同人の生活費として妥当な額であると認められ、そこで前記収入から右生活費を控除すれば年間の得べかりし利益は原告主張の四三〇、〇〇〇円をこえること明らかである。
ところで≪証拠省略≫によれば、亡徳一は死亡当時五一才であったことが認められ、厚生省統計調査部刊行の第一〇回生命表によると、五一才の男子の平均余命は二一、六九年であり、≪証拠省略≫によれば、厳密には、心臓、肝臓にやや異状があるけれども通常の健康体と認められる亡徳一は、あと一〇年間は可働できたものと認められる。
そこで以上についてホフマン式方法(年別)により中間利息を控除して亡徳一の死亡当時の得べかりし利益を算出すると(四三万円×七、九四四九)金三、四一六、三〇七円となる。
(二) 原告らの慰藉料
前記認定によれば原告内田蔦江は夫を、その他の原告らは父を不慮の事故により失ったことになり、多大の精神的苦痛を蒙ったものと認められ、その慰藉料としては原告蔦江に二〇万円、その他の原告らに各一〇万円が相当と認められる。
(三) ≪証拠省略≫によれば原告内田蔦江において、本件事故により葬式費一六九、七〇〇円、医者代九二〇円、吸入酸素代一、一〇〇円計一七一、七二〇円を支払った事実が認められる。
七、従って、被告は原告内田蔦江に対し、同原告の相続による亡内田徳一の損害額の三分の一である金一、一三八、七六九円と同原告に生じた損害金三七一、七二〇円の合計金一、五一〇、四八九円のうち請求の範囲内の金一五一万円その他の原告ら各自に対し、同原告らの相続による亡徳一の損害額の六分の一である金五六九、三八四円と同原告らに生じた損害金一〇万円の合計金六六九、三八四円のうち請求の範囲内の金六六九、〇〇〇円、およびこれらに対する本件損害の発生した後であることが明らかな、昭和三七年一二月二四日から右完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。
よって、原告らの本訴請求は理由があるので、これを認容し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 杉山克彦 裁判官 村瀬鎮雄 裁判官宮崎淑子は退官のため署名押印できない。裁判長裁判官 杉山克彦)